「歴史」カテゴリーアーカイブ

吉祥寺の街の歴史にも関わりの深い人~「小畠廣志」展

吉祥寺美術館「小畠廣志 木に呼ばれる」展 只今開催中

不思議な木の彫刻の写真が目を引くリーフレット、

なんだかちょっと気になる吉祥寺美術館で開催中の展示ですが、

作者の小畠廣志氏は、吉祥寺にゆかりのある彫刻家です。

と言っても若い世代の方にはあまりピンとこないかもしれませんが、

この方の作品は、武蔵野市民ならきっとかなりの方が良くご存知ではないかと思います。

「子ども平和像」

武蔵野総合体育館のバス停前にある、母と子のブロンズ像「子ども平和像」は目にしたことがある方もきっと多いとはずです。

こちらの作品の作者が 小畠廣志氏です。

この像は見たことあるけど、作者がどんな人か知らなかった方も多いのでは?

同じく武蔵野総合体育館の入り口左手にも

 

「勝利」と書かれたこんな像も

これも 小畠廣志氏の作品です。

そして 吉祥寺人として見逃せないのが

吉祥寺南口駅前「花の精」

吉祥寺南口駅前にある井の頭会館ビルの一角にある「花の精」のブロンズ像

長い間ここにあった本屋さんの入り口に鎮座していた姿は、まだ記憶に新しいと思います。今も変わらずここにあるのですが、

カフェに変わってからは、入り口の場所と少し離れてしまったので、なんだか目立たなくなってしまいましたね。

この「花の精」のブロンズ像は、1974(昭和49)年にこちらに設置されました。

 

そして、吉祥寺の歴史において、1974(昭和49)年という年は、

かつてあった、「東京近鉄百貨店」がオープンした年でもあります。

現在はヨドバシカメラ吉祥寺店となっている場所です。

東京近鉄百貨店、幻のユニコーン

ここに近鉄百貨店がオープンした当時、シンボルとして店頭に噴水が作られたのは覚えていますか?

この噴水の中央に座していたユニコーン像が、小畠廣志氏の作品でした。

残念ながら吉ロコはこの写真を持っていませんが、

今回はそんな懐かしい写真も吉祥寺美術館の会場内に展示されているのです。

他にも、北町にあるケヤキコミセンの庭にある像もそうだというので、

改めて見に行ってみることにしました。

ケヤキコミセンの庭の像「花」

…のですが、

残念ながらただいまケヤキコミセンは改装中

http://www.city.musashino.lg.jp/shisetsu_annai/shisetsu_bunka/community/1000619.html

2020年1月31日まで休館でした。

何度も目にしているのですが、作者を気にしていなかったので、改めてもう一度見てみたいと思います。

どうしても気になる方はこちらをご参考に。

http://keyaki-c.com/machi/bijutu.htm

さてさて、これらの作品のお話をじっくり聞けそうなツアーがありますよ

http://www.city.musashino.lg.jp/koho/pressrelease/press_h31/pressrelease201907/1024412.html

8月31日開催のツアーは、17日土曜日の10時から受け付け開始!

まだっ間に合いますね。

さてさて、

吉祥寺になじみの深い彫刻家「小畠廣志」展、是非足を運んでみてください。

新しい発見があるかもしれませんよ。

 

会期中はほかにも関連イベントも行われています。

「スペシャルトーク」

「野外彫刻ミニ鑑賞ツアー」

「ワークショップ」

太宰治 今年は没後70年

太宰 好き?嫌い?

三鷹と言えばやっぱり太宰なんですかね?

太宰は決して尊敬すべき人物ではなかったという人もいれば、

そのはかなげな影のある人生に、人間の弱さを共感してしまう人…

ただただ文学的に作品を愛する人…

人それぞれに感じ方は違うのだと思いますが、私は決して嫌いではないです。

というか、むしろ不器用な生き方がちょっと好きだったり、

なんか惹かれたりもしています。

 

だけど私が一番興味深いのは玉川上水への入水自殺。というより、単純に玉川上水が好きなんですが…

先日ある学者さん?のお話を伺っていたら、太宰の遺体が見つかったのは「万助橋」付近と講義されていました。

いやいや違うでしょう…とはさすがに言いませんでしたが、案外知られているような知られていないような…

なのでなんとなくイラっとするので自分で書くことにしましたw

「太宰治」史跡

没後70年という事は、太宰が亡くなったのは終戦後まだ数年しか経っていないような時期だったのですね。

三鷹市の案内板にはこのように書かれています。

太宰最後の日は、1948(昭和23)年6月13日

この場所から山崎富栄と二人で玉川上水へ向かいます。

 

現在はこんな建物が建っている所です。

建物から左に目を移すと、正面にはもう玉川上水が見えます。

 

玉川上水の道は今は「風の散歩道」として整備され、

緑の木々が気持ちの良い、まっすぐな散歩道として市民の憩いの場となっています。

これから心中しようとする太宰と富栄は、この道で何を話していたのでしょうね。

それとも 黙って歩いているだけで、お互いの気持ちは通じていたのでしょうか?

 

しばらく歩いた道の脇に「玉鹿石」という石が置かれています。

この石は、太宰の故郷 青森 の石だそうです。

そしてその向こうに見えるのが玉川上水。二人が入水したのはちょうどこの辺りと言われています。

まっすぐ続く上水…

当時の玉川上水は「人喰い川」と呼ばれ、深くえぐれた淵にドウドウと水が流れて、一度落ちたら二度と遺体は上がってこないと言われていました。

二人の捜索は、玉川上水の水量を調節して行われたそうです。

むらさき橋

万助橋

ほたる橋

幸橋を越え

遺体が上がったのは新橋付近

二人の遺体はこの新橋のあたりで、しっかりと紐で結ばれた形で見つかったそうです。

どれだけの力と想いを込めて、しっかりとこの紐を結んだのでしょうね。なんかちょっと怖いくらいです。

さてこの新橋、橋を境に下流に進むとググっと大きなカーブになります。しかも蛇行している…。

ひもで結ばれた二人は、トルネードの水流の中でぐるぐるに揉まれてもなお 離れる事なくしっかりと結びついていたおかげで、この複雑なカーブに引っかかる形で見つかったのでしょう。

二人の絆がそんなに深かったという事なんですかね…。

新橋のカーブ

比較的川幅が広く、まっすぐな流れの万助橋ではなく、

このカーブがあったからこそ二人は引き上げることができたのだと思います。

新橋の景色を動画でとってみたのでご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=UK4mk5E9Xl4

また、新橋の先にあるまつかげ橋付近では、堀が深くえぐれていた痕跡もわかるので、こちらも貼っておきますね。

 

https://www.youtube.com/watch?v=xsupy2BoeLE

 

ちなみに玉川上水は、羽村取水堰から四谷の大木戸まで 全長約43キロメートル、

その間の標高差はわずか約92メートルという驚きの緩勾配で、地形を巧みに利用し尾根筋をたどる形で掘られたのでこのような事が実現できたと言われています。

新橋付近のこの急カーブも、その尾根筋をたどってこういう形になったのですね。

いろいろ調べてみると興味深いですね!

きんぎょのわくわく三鷹散策 より転載

https://wakuwakumitaka.tokyo/archives/401

犬結びの松

将軍様のお犬?

犬結びの松
#三鷹 #武蔵野#犬結びの松 #玉川上水

武蔵野市には木が1本だけしか植えてないような小さな公園が幾つかありますが、
玉川上水沿いの むらさき橋近くにあるこの公園、ちょっと気になっていました。

いつも自転車で通るのでちゃんと見たことがなかったのですが「犬結びの松」と書いてあるので、お鷹狩りに来た徳川のお殿様の犬を結んでいた松があったのかな?とおもっていたのですが。

狼信仰

オオカミにお供えしたおむすびのお話とは…。
犬を繋いでいた話よりもっといい話しで得した気分になりましたw

多摩地区にはオオカミ信仰が結構あるんですよね。

お稲荷さんや狛犬かと思っていたのに、よく見たらちょっと凛々しいオオカミだったすることもあります。

実物の木があったのは、
もう少し三鷹よりの玉川上水脇だったようですね。

ちっちゃな公園で見逃してしまいそうですが、
むらさき橋の近くを通ったら是非 覗いてみてください。

新しい松は、なかなかの枝ぶりですよ。

きんぎょのわくわく三鷹散策 より転載

https://wakuwakumitaka.tokyo/archives/99